英国田舎紀行

 成田からロンドン・ヒースロー空港経由でスコットランドのエディンバラに入った。イギリスは正式には、スコットランド、イングランド、北アイルランドからなる『連合王国』である。1707年にスコットランドとイングランドが統合されて久しいが、スコットランド人の反英感情はいまだに激しい。エディンバラ市内を案内する観光バスの運転手ジョックは、ラジオでサッカーの英国の試合を聞きながら、『くたばれ! イングランド』の連呼。
 こういう素朴な街のオッチャンだけではない。スコットランド独立を唱える政党が存在し、結構な支持があるため、ロンドンの中央政府をやきもきさせているのだ。日本だって大昔はそれぞれの地域は別の国だったが、単一民族単一国家幻想が定着して久しい。しかし驚くことに、英国ではいまだに各地の確執がある。
 電話の発明者ベル、アダム・スミス(経済学者)、コナン・ドイル(『シャーロック・ホームズの冒険』原作者)、スティーブンソン(『宝島』原作者)はいずれもスコットランド人。〝スコッチ〟は「片道切符」とも称され、ひとたび志をたて雄飛すれば異国の土となるも厭わない。やはり〝スコッチ〟で、明治維新を裏で支えた長崎の武器商人、トーマス・グラバーも日本の土となり、明治政府に手厚く葬送された。
 湖水地方は、詩人ワーズワースゆかりの地、ウサギのピーターラビット活躍の舞台でもある。車窓から見えるのは一面の牧草地、羊の群れ、低い丘陵(英国には高い山はない)と英国の典型的な田園風景が広がる。宿泊したホテルは緑豊かなウインダミア湖畔にあった。
 ランチで出た、かの有名な〝ヨークシャ・プリン〟について、ガイドのジョージが説明する。
 「小麦と卵、水をこねてふっくらさせる。貧しい家では、まずこれでお腹を膨らませ、その後、僅かな肉を食べたものさ」。
 プリンといってもお菓子ではない。貧しい英国庶民の発明なのだ。ひと昔前は、世界中の庶民が貧しかった。
 湖水地方から、ブロンテ姉妹ゆかりのハワースへ向かう。次女エミリーは『嵐が丘』の作者、長女シャーロットは『ジェーン・エア』の作者だ。ブロンテ姉妹の父は、1820〜61年の41年間、この村の教会の牧師だった。1800年代前半のハワースの平均寿命は26歳。標高350メートルの湿地帯で、家も狭かったため、誰かが結核にかかると皆に感染し、若くして亡くなる人が多かった。
 単調で退屈な村。ブロンテ姉妹はその現実から逃避するように想像力を掻き立て、名作を書いた。村はずれのヒースの丘。荒野にヒースの花が咲く。小説『嵐が丘』はここから生まれたのだ。
 ハワースからシェイクスピア生誕の地、ストラトフォードへ。シェイクスピアの妻、アン・ハザウェイの生家は日本の農家を思わせる茅葺屋根。16世紀から17世紀の英国の田舎のいいムード満点だ。
 コッツウォルズ地方では、昔の地主階級の館マナーハウスに宿泊。幽霊が出るという伝説があり、いかにも英国の地方の館らしい。
 英国は日本同様、水道の水が飲める数少ない国である。成熟した老大国の風情は、日本人をホッとさせる。夜、マナーハウスの近辺を散歩した。犬を連れた老婦人に出会った。愛犬の名前を聞くと、うれしそうに「チャーリー」と答えた。英国は愛犬家の多い国だ。
 世界には、どことは言わないが、犬を食べる国がある。良かったね、チャーリー、英国に生まれて。