第三の建国のために道州制を早期に導入すべし                           (2014年7月発行World Navi)

 第三の建国。今の政治がすべきことはこれに尽きる。他の先進国に先駆けて急激に進む人口減少、世界に類のない国家債務、激変する安全保障環境など、次世代の日本人に対して、現行の日本国は持続可能性を問われている。アベノミクスが一時的に経済を好転させても、構造的な問題を解決しなければ未来は開けない。
 この時代状況について、中曽根康弘元総理は「明治維新、敗戦に次ぐ、時代の転換点」と表現され、堺屋太一先生は「第三の敗戦」と一言で言い表された。まさに慧眼である。
 では、第三の建国とは具体的に何か。内政においては道州制によって明治以来の中央集権体制を終わらせ、外交・安全保障においては憲法改正によって戦後を終わらせることである。特に安全保障については現在、憲法改正に踏み込む前に集団的自衛権の議論が行われている。
 一方で、道州制基本法案については、自民党と公明党は野党時代に共同案に合意していながら、平成26年の通常国会でも見送られた。
 今のままの仕組みで、次世代に対して責任を果たせるわけがない。明治維新における廃藩置県の意味は絶大だった。藩主に替えて県令を置いたという権力的な意味だけではなく、明治の三大改革を行う前提となった。この三大改革は、学制、地租改正、徴兵制である。寺子屋が学校となり、年貢が税金となり、武士が軍隊となった。教育、税制、軍事の近代化の前提が廃藩置県だった。
 これを現代的な意味で捉えれば、まさに道州制である。かつては黒船という外圧がきっかけとなったが、現在では人口減少や国家的債務の増大という内圧がその契機となる。
 平成の大合併の後遺症で、町村会は道州制に反対の意見だが、増田寛也元総務相らが試算した人口推計などによって、雰囲気は変わりつつある。2040年までに若年女性(20〜39歳)の人口が50%以上減少し、消滅する可能性がある市区町村は全国に896あり、なかでも人口が1万人未満で消滅の可能性が高い市町村は532にのぼる、という試算はもはや、現在のシステムがもたないことを示している。
 急激な過疎化について、さして権限のない都道府県では対処できない。ましてや平成の大合併ですら批判される中、国が日本全体で一律の過疎化対策を行うことはさらに無理がある。
 道州制を早期に導入し、内政に関する国の出先機関を地方に移譲したうえで、多様な過疎対策を展開していく以外に住民のコンセンサスは得られないだろう。
 また、道州制は成長戦略としてもっとも必要である。例えば、南北に長い日本列島においては、農業政策は九州など農政局単位ぐらいで機動的、戦略的に行うほうがよい。農協のあり方や農地法、出資規制などを道州ごとに競わせれば、日本農業の可能性は大きく広がる。
 さらに産業政策については、現在は国内で一律の優遇税制なども道州ごとに行えるようにすれば、産業集積なども図りやすくなるだろう。
 公共事業においては、都道府県をまたがる一級河川の規格も国で一律に決める必要はない。
 教育については最近も、教育委員会のあり方を見直す法律が成立したが、このようなものは道州のもとで、多様なあり方があったほうがよいだろう。
 メディアも現在は、東京にしか政治部を置いていないが、各道州に政治部を置くこととなり、よりチェック機能を果たせるようになる。
 社会保障政策についても、医療、介護、生活保護など各分野でより政策の切磋琢磨が行える。
 ただ、道州制がバラ色の未来を描くわけではない。が、少なくともこれを行わなければ、明治維新を行わずに江戸幕府を継続させるに等しいのだ。こうした大きな変化を行うためには、与野党ともにコンセンサスが必要だ。私は前原誠司氏らとともに野党で行革プラットフォーム法案を提出した。この法案には、附則ながら道州制を視野に盛り込むことができた。政界再編の思惑を私は否定しない。
 政策無き政局は野合であり、政局無き政策は無力であるのだから。